Vol. 95 小錦八十吉(KONISHIKI)
「風呂を満喫したければ上を目指せ!」の力士時代
小錦八十吉(KONISHIKI)(こにしき やそきち)
1963年12月31日米国ハワイ州オアフ島生まれ。元大相撲力士。外国人力士として初の大関として活躍した。幕内での優勝回数は3回。
現在は、タレント、アーティストとして講演活動やCM出演、ハワイアン・ライブなどの活動を精力的に行っている。NHK子供番組【にほんごであそぼ】には12年間出演中。ハワイアンシンガーとしてもアルバムを多数発売。
ボランティア活動にも積極的に取り組み、2011年の東日本大震災後は、チャリティー・ライブやイベントを開催。東北を支援し続ける。
2014年1月、ミュージカル「愛の唄を歌おう」に出演。
オフィシャルブログ「KONY Island」
現在は、タレント、アーティストとして講演活動やCM出演、ハワイアン・ライブなどの活動を精力的に行っている。NHK子供番組【にほんごであそぼ】には12年間出演中。ハワイアンシンガーとしてもアルバムを多数発売。
ボランティア活動にも積極的に取り組み、2011年の東日本大震災後は、チャリティー・ライブやイベントを開催。東北を支援し続ける。
2014年1月、ミュージカル「愛の唄を歌おう」に出演。
オフィシャルブログ「KONY Island」
今住んでいる家に入居するとき、バスルームをリフォームして、ジャグジー付きの大きな浴槽とテレビを設置しました。時間があるときは、昼でも夜でも浴室テレビでニュース番組など観ながら1時間ほど入りますが、なかなかそのひとときを楽しむ余裕もなく、シャワーで済ませる日が多いですね。
じつはハワイには日本のようなお風呂文化はないのです。観光でハワイを訪れるとたいていのホテルには浴槽が完備しているので、ちょっと意外かもしれません。現地の自宅ではシャワーだけ、という家庭がほとんど。しかも一年中日本の夏のような気候ですから、子どものころは水シャワーばかりでOKでした。お風呂が大好きになったのは、力士を目指して来日してからです。巡業に行けばその土地ごとのお湯の色や匂い、効能の異なる温泉があり、楽しみのひとつでしたね。
今でも仕事で訪れる地方に良い温泉があれば足を延ばし、ゆったりお湯に浸かって帰ることもたびたびです。最近訪れて心に残っているのは、山口県の湯田温泉。ここには明治維新の志士たちが集った旅館「松田屋」があり、坂本竜馬愛用のピストルなど多くの品が残っていて興味深いところでした。
力士は、稽古で汗だく・砂まみれになるので、稽古の後が風呂タイムになります。大柄の男ばかりが共同生活をする相撲部屋の風呂場や浴槽は、一般家庭に比べるとずいぶん広いと思います。しかしその広い風呂を満喫できたのは、関取になってから。それまでは急ぎシャワーで汗と汚れを流した後、たまった雑用を片付けなくてはなりませんから。
僕がいた高砂部屋は、親方を筆頭に、関取、取的(若い衆)、行司、呼出し、床山など総勢50名あまりの大所帯でしたが、その中で完璧な縦社会が作られています。こうした話を聞くと「厳しいな、自分にはとても真似できない」と驚く人も多いですけれど、考えてみれば、社会人なら程度の差はあれ誰もが経験することでしょう。上に行くなら結果を出し続ける。これは当然のことですよね。
話/小錦八十吉(KONISHIKI)(こにしき やそきち)
じつはハワイには日本のようなお風呂文化はないのです。観光でハワイを訪れるとたいていのホテルには浴槽が完備しているので、ちょっと意外かもしれません。現地の自宅ではシャワーだけ、という家庭がほとんど。しかも一年中日本の夏のような気候ですから、子どものころは水シャワーばかりでOKでした。お風呂が大好きになったのは、力士を目指して来日してからです。巡業に行けばその土地ごとのお湯の色や匂い、効能の異なる温泉があり、楽しみのひとつでしたね。
今でも仕事で訪れる地方に良い温泉があれば足を延ばし、ゆったりお湯に浸かって帰ることもたびたびです。最近訪れて心に残っているのは、山口県の湯田温泉。ここには明治維新の志士たちが集った旅館「松田屋」があり、坂本竜馬愛用のピストルなど多くの品が残っていて興味深いところでした。
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力士を引退してからは、ゆっくり温泉旅行でも…と言う気になりますが、現役だったころは、そうした余裕はまったくありませんでした。特に相撲部屋では三段目・序二段・序の口あたりの、いわゆる「若い衆」の忙しさは、かなりのもの。自分たちのことだけでなく、兄弟子の世話やちゃんこ番、さらには部屋のこまごまとした用事まで若い衆の仕事です。しかも食事、風呂など生活すべてが番付順。当然ながら、入ったばかりの頃はお風呂もゆっくり入った記憶はないですよ。力士は、稽古で汗だく・砂まみれになるので、稽古の後が風呂タイムになります。大柄の男ばかりが共同生活をする相撲部屋の風呂場や浴槽は、一般家庭に比べるとずいぶん広いと思います。しかしその広い風呂を満喫できたのは、関取になってから。それまでは急ぎシャワーで汗と汚れを流した後、たまった雑用を片付けなくてはなりませんから。
僕がいた高砂部屋は、親方を筆頭に、関取、取的(若い衆)、行司、呼出し、床山など総勢50名あまりの大所帯でしたが、その中で完璧な縦社会が作られています。こうした話を聞くと「厳しいな、自分にはとても真似できない」と驚く人も多いですけれど、考えてみれば、社会人なら程度の差はあれ誰もが経験することでしょう。上に行くなら結果を出し続ける。これは当然のことですよね。
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そう言うわけで現在どんなに忙しくても、力士時代を考えればまったく疲れないし苦になりません。睡眠も毎晩5時間程度で十分ですし、仕事先への移動中もほとんど寝ることはなく、元気に過ごしています。エンターテイナーとして日本を飛び回る現在、これからも風呂と温泉に癒されながら、僕の次の夢であるビッグバンドやオーケストラとの共演の実現に向けて、がんばっていきたいですね。
話/小錦八十吉(KONISHIKI)(こにしき やそきち)