湯の国web TOP » 湯煙コラム » 泉麻人・いずみあさと「小さな城下町の銭湯」

風呂を楽しむ『湯の国Web』
ロゴ
風呂を楽しむ『湯の国Web』
泉麻人・いずみあさと 小さな城下町の銭湯
 
 泊まりがけの旅でゆっくりと浸る、宿の温泉というのもいいけれど、通りすがりの町で見つけた銭湯、というのもなかなかいい。
 僕は“全国各地の銭湯を行脚している”ほどのマニアではないが、旅先などでちょっ と時間が空いたとき、喫茶店なんかで暇を潰すよりも、まず「どこかに良さそうな風呂屋はないか……」と探してみる。
 函館の町で入った「稲穂湯」という所は、古びたアールデコ建築の、とても雰囲気のいい銭湯だった。浴室の壁の窓がステンドグラスで、教会のなかで湯に浸っているような気分を味わった。大阪の十三(じゅうそう)を歩いていたときに見つけた銭湯は、煙突に記された「浪花浴場」という名に魅かれた。その名のとおり、往年の藤山寛美の喜劇に出てくるような、浪花の気さくなオッチャンたちが、小さな浴槽で肩を寄せ合いながら、タイガースの悪口などを愉しそうにダベっていた。
泉麻人・いずみあさと 小さな城下町の銭湯
 去年の秋、飛騨白川の方の祭りを取材しにいった帰りがけに、富山県の城端という町に寄り道した。城端と書いて、ジョウハナと読むのだが、文字どおり、昔“荒木氏”という土豪の城があった小じんまりとした城下町である。
 街路は所々拡幅工事が進んでいたものの、時代劇に出てくるような趣きのある町並 が、まだ残っている。そんな一画に、「桂湯」と昔の右読みの看板を出した銭湯を見つけた。建物は函館の「稲穂湯」のような、洋風のつくりである。ちょうど開店時間の二時の少し前だったので、界隈をぐるりと歩き廻ってから、まだ他に客が誰もいない、一番湯に一人で浸った。
 番台には、四、五十代くらいのおかみさんがいた。その町にも「曵山祭」という有 名な秋祭りがあるのだが、ちょっと時期がズレていたので、東京からの訪問客にびっ くりしている。
 立派な建物を誉めると、大正の初め頃の建築だという。
「この辺の大工さんが建てた、って話です」
 ま、銭湯を近所の大工が建てるのは、別に珍しくない話だが、銭湯のある町の名は 「大工町」という。おそらく、大昔から大工さんたちが集まっていた町なのだろうか ら、そんじょそこらの大工とは違う。
 
 そんな素敵な銭湯の一番湯に浸り、近くに見つけた自販機で缶ビールを買った。陽 はおちていないが、こういう風呂上がりの昼下がり、クイッとやるビールの味はこた えられない。フワッとした気分で、もう一度、富山の古びた城下町を歩き直した。

 
文/泉麻人
イラスト/花岡道子
泉 麻人(コラムニスト)
1956年東京都新宿区生まれ。慶応大学商学部卒。79年に東京ニュース通信社に入社、 雑誌の編集に携わった後、フリーのコラムニストとなる。「東京」の街をテーマにし たものから、言葉、地図、バス、サッカー、懐古モノにいたるまで、趣味の分野を活 かした幅広いエッセイ・コラムを執筆している。著書に「気になる物件」「ナウのし くみ」「東京23区物語」など多数。






BACK NUMBER
vol.01 イッセイ尾形 vol.02 川島なお美 vol.03 高田文夫 vol.04 泉 麻人
vol.05 岡部まり vol.06 なぎら健壱 vol.07 高木美保 vol.08 永井美奈子
vol.09 飯星景子 vol.10 岡田美里 vol.11 きたろう vol.12 大槻ケンヂ
vol.13 藤村俊二 vol.14 斉藤陽子 vol.15 YOU vol.16 青島幸男
vol.17 稲川淳二 vol.18 南 美希子 vol.19 草野満代 vol.20 木村祐一
vol.21 山咲千里 vol.22 伊藤聡子 vol.23 谷川真理 vol.24 渡辺佳子
vol.25 田村翔子 vol.26 島田律子 vol.27 中井美穂 vol.28 中嶋マコト
vol.29 魚住りえ vol.30 大桃 美代子 vol.31 SAKURA vol.32 真壁京子
vol.33 望月理恵 vol.34 渡辺美奈代 vol.35 小松千春 vol.36 中村江里子  
vol.37 原 千晶 vol.38 室井佑月 vol.39 林マヤ vol.40 加藤理恵
vol.41 平山佳子 vol.42 汐見ゆかり