何も考えないためのもの、それが風呂っちゅうもんではないのか。このコラムへの執筆依頼がきたときの、まずは率直な感想である。大体において、私は自分以外の人間や物事に対し、頭が堅い。それは、“笑い”というものの構造が、対象となるもの、扱うものについて、ある意味、「決めつけ」なるものを基にして成り立っていると考えられるからである。ほら、また堅いでしょ。例えば、師匠と弟子のコントがあるとする。弟子は師匠に抗えない、という前提や、師匠は多少の無茶を言うし、時には仕事内容とはかけ離れた用事を頼んだりもする。そういった「決めつけ」があるから、弟子が暴言を吐いたり、平気で師匠をド突いたりすると、それが「ボケ」となり、笑いが生まれるのである。師匠が合コンのセッティングを頼んだりね。(あり得るが、これは)まぁ、私の「決めつけ」る理由はこれくらいにしておく。