湯の国web TOP » 湯煙コラム » 山咲千里・やまざきせんり「チビ丸、泣くもぉ」

プロフィール
山咲千里 山咲千里
(女優・タレント)
1962年京都生まれ。17歳の時、NHK朝の連続テレビ小説「鮎のうた」にてヒロインデビュー。以降TVを中心に幅広く活躍。また執筆活動も精力的にこなし、最新の「美肌」、「だから私は太らない」「22枚の女の切り札」(共に講談社刊)は、シリーズ連作で25万部のヒットとなる。今年5月21日にシリーズ第4弾として恋愛美容小説「恋水」(こいすい)が講談社より発売される。
山咲千里オフィシャルサイト
▼書籍紹介
「美肌」山咲千里(講談社)
女は29夜でキレイになれる───。誰もが認めるその美肌。女優業を続けるうえでマスターしたスキンケアは、具体的なハウツーはもとより、心のバランスが真のキレイを生むと物語る。「22枚の女の切り札」「だから私は太らない」に次ぐ総合的女性美UP最新版。
BACK NUMBER
vol.42 汐見ゆかり
vol.41 平山佳子
vol.40 加藤理恵
vol.39 林マヤ
vol.38 室井佑月
vol.37 原千晶
vol.36 中村江里子
vol.35 小松千春
vol.34 渡辺美奈代
vol.33 望月理恵
vol.32 真壁京子
vol.31 SAKURA
vol.30 大桃 美代子
vol.29 魚住りえ
vol.28 中嶋マコト
vol.27 中井美穂
vol.26 島田律子
vol.25 田村翔子
vol.24 渡辺佳子
vol.23 谷川真理
vol.22 伊藤聡子
vol.21 山咲千里
vol.20 木村祐一
vol.19 草野満代
vol.18 南 美希子
vol.17 稲川淳二
vol.16 青島幸男
vol.15 YOU
vol.14 斉藤陽子
vol.13 藤村俊二
vol.12 大槻ケンヂ
vol.11 きたろう
vol.10 岡田美里
vol.09 飯星景子
vol.08 永井美奈子
vol.07 高木美保
vol.06 なぎら健壱
vol.05 岡部まり
vol.04 泉 麻人
vol.03 高田文夫
vol.02 川島なお美
vol.01 イッセイ尾形
湯煙コラム
山咲千里 「チビ丸、泣くもぉ」

 あれはほんとうにすごい泣き声だった。となり街から散歩で通りかかったヒトからも「ちいさな子供の泣き声がしますが、どうかなさいました?」と玄関のドアを叩かれるほどだった。母親はまだ裸で弟の髪を洗っている。 こんなときお風呂場から飛び出して行けるのは当時5歳のわたしだけだ。
 「なんでもありません、って言っておいで」
 シャンプーを嫌がる弟のじたばたを洗い場が狭いせいで洗面器を片手に格闘する母は、鬼のような形相である。正直これがなんでもないなんて私は見ず知らずのヒトに言えたものではないと思ったものである。
 「うちのお風呂場は狭いよ、父さん」
 その夜、母は湯上がりの頬をさらにジンフィズで桃色に浮かび上がらせて、お風呂の改築を声高に要求した。
 「狭い風呂場っていうのは、家族が仲良く暮らすにはいいもんだ」
 テレビのボクシング中継に顔を向けたまま返事をする父親は、たまに早く帰るとわたしたち姉弟をお風呂に入れてくれた。
「髪を洗う順番はクイズに答えられたヒトからだぞ」と父は、死ぬほど簡単なクイズを出して、たいていそれに答えられた弟のほうの髪を洗いにかかった。泡でマッシュルームみたいに大きな頭になった弟は、これからまさにそのシャンプーの泡をお湯で流されると予感し表情がこわばる。
「さぁ、目をつぶれ!鼻から息を吐け!サンダーバード3号が出動するぞぉ」と父が励ますがむなしく、チビ丸は今日も張り裂けんばかりに泣きだした。
 ビえーんっ!
 と、そのときわたしのすぐ横でお風呂場の壁の小さなタイルがぽとりとはがれ落ちるではないか。「おとうさん、うちのお風呂、 壊れてきてる・・・」
 弟の泣き声のせいではなく、このところいろんな箇所に不都合が生じているのをわたしは指差した。老朽化したお風呂場は排水口の流れも悪く、流したお湯が逆流していた。

 そして父は立ち上がった。
 「いいな、うちは明日から銭湯通いだ」
 それからどのくらいの期間だったのか、家にはお風呂の改築のための職人さんがやってきた。わたしたち家族は近所の銭湯へまるで旅行にでも行くように嬉々として通った。
 銭湯でお兄さん友達が出来た弟は、その子が髪を洗う間にも泣かないので自分もそうなっていったようだった。母は娘のわたしと女湯へ入ると、隣の男湯の父と弟に向かって壁越しに「お父さぁん、もう行くよおっ」と大声で合図した。この声の大きさも尋常ではなかった。大声の家系は弟に受け継がれたけれど。

 

 さて改築されたお風呂は、さほど広くもならず、でも排水溝はばっちり大きくなって、お湯はきれいな渦を巻いて流れてくれた。そしてその渦を眺めながら 湯船に浸かればなぜか微笑んでしまう一家であった。

山咲千里(やまざきせんり)/文