ハルナとお風呂に入るのは、あんまり好きじゃない。部屋だって一緒だし、勉強だっていつもみてあげてるんだから、せめてお風呂くらいひとりでゆっくり入りたいのに、お姉ちゃんなんだからの一言で、ママはハルナの世話を押しつける。まったく乙女心がわかってないんだから。
「あのさ、あのさ、シンチャン先輩ってさ、おねえちゃんのクラスでしょ?」
湯舟につかってても、ハルナはすぐ飽きる。こっちが一心不乱にシャンプー泡立ててようが、お構いなしにがんがん話しかけてくる。
「アイザワ?」
「うん、授業中とかもカッコいい?」
「別にぃ。ちょっと、お願い、出して」
シャンプーが目に入って、痛い。ハルナが調節してくれたシャワーで、しゃっしゃっと洗い流す。サンキュッ。ついでに、シャンプーも流しちゃおう。
「あんた、あんなのが好きなの?」
「あたしじゃないよ、レイカちゃんとか騒いでて……」
アイザワねぇ。別にいいけど。まったく昨今の小学生ときたら、って、私もまだ小学生か、一応。 |
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煮えちゃう、煮えちゃう、煮えちゃうよぉと、ハルナが変なメロディで歌い出した。歌いながら、バスタブに腰掛けて、足だけを湯舟につけてバシャバシャする。ハルナの煮物、ハルナの煮物、煮えちゃうよぉ……。
「ちょっと待ってよ、トリートメントしたら代わるから」
ったく、だから、ひとりでゆっくり入りたいって言ってるのに。
「フヤケて、煮え、煮え、煮えちゃった……勉強とか、できるの?」
「アイザワ?」
「うん、レイカちゃんに報告しないといけないから」
「一応、私立も受けるみたいだけど」
「ふうん」
「でも、この前の算数のテスト、私の方がよかった」
コイツの目、全然信じてない。少しは自分の姉を信頼しろ。ま、いいけどね。もうちょっと情報流してやるか。
「アイザワはどっちかっていうと、人柄で生きてるタイプ」
「ふうん」
「あと、顔ね」
「おねえちゃんもかっこいいと思ってるんだ」
「そうじゃないけど、うちのクラスの中じゃジャニーズ系だから、一応。参観日、アイザワ母、超話題だったよ、ノリカにそっくりって」
実際、すごかったのだ。なんでも、結婚する前にモデルやってたとかで、黒い皮のミニスカートなんかはいて、うちのママとは大違い。いや、居並ぶお母さんたちの中で、ダントツ目立ってた。でもなぁ、ノリカがお姑さんなんて、ちょっとヤかも。家で何着たらいいのか、全然わかんないよね。
「ふうん……つきあってる人とか、いる?」
「あんた、まだ3年生でしょ」
「おねえちゃんだって6年生じゃない」
ぴゃーっ。ハルナが、いきなりシャワーを出して、私の背中にかけた。なに、すんのよぉ?
「ねえ、まだぁ? ハルナも髪洗う」
ったく、わがままハルナ。はいはい、わかりましたよ。トリートメント流して、ついでに体にもかけ、選手交代。湯舟につかる。お湯がちょっとあふれる。
「ふぁあ−−−−−、極楽極楽」
「年寄りくさ」
「おばあちゃんの口ぐせじゃん」
「ハルナ、おばあちゃんと一緒にお風呂入ったことないもん」
「覚えてないだけでしょ? 」
「ハルナとお風呂入る前に死んじゃったもん」
「そうだっけ?」
「田舎に遊びに行く前に、死んじゃったもん」
そっか。3才違うって、こんな風に人生に影響するんだ。ふっと、おばあちゃんのしわしわの手を思い出した。私の手と重ねて、柔らかい手だねぇ、つるつるの手だねぇ、しわなんか全然ないねぇ、おばあちゃんの手もこんなときがあったんだよ、でも、ほんとにあったのかねぇって、顔までくしゃくしゃにしてたっけ。おばあちゃん、そう言うけど、ほら、さっきからずっと熱いお湯に入ってるから、私の手もこんなにシワシワだよ。
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「……すごかったんだよ、おばあちゃんの胸」
「おっきかったの?」
「そうじゃなくて、のびるの、びよーんって」
「びよーん?」
「びよーん、びよーんって。ママのと全然違うの」
「ふうん」
「あと、浮くの、湯舟で、こう」
「それって、ママも将来そうなっちゃうってこと? 」
「ママだけじゃないよ、ハルナもなるよ」
「……」
「びよーん」
「おねえちゃんだって、なるよね? 」
「……びよーん、フジワラノリカだってそうなるんだよ」
「マイ! ハルナ! あんたたち、何時間入ってるの? のぼせちゃうでしょ、そろそろ上がんなさい」
ママが風呂場の外から声をかけた。はーい。はーい。私とハルナの返事が二重唱みたいに響く。私が上がろうとすると、わがままハルナは、
「待ってよ、すぐだから」
と、あわててシャンプーを泡だて始めた。今度は私が煮えちゃう番だ。私もバスタブの縁に腰掛けて、足をばしゃばしゃする。
「ハルナ、ちょっとおっきくなってきたんじゃない? 胸」
「おねえちゃんのH! 」
びよーん。びよーん。笑いながら、私は繰り返す。びよーん。びよーん。ハルナも、シャンプーまみれになりながら繰り返す。びよーん。びよーん。やっぱり歌ってるみたいに、私たちの声は、いつまでも響いている。
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